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真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔 真樹日佐夫著 を読む [真樹日佐夫]

この本は真樹先生の半生を綴ったもので、私は真樹先生の本の最高傑作だと思っています。
ありきたりの表現になってしまいますが、とにかく波乱万丈の「すてごろ人生」です。

すてごろ懺悔―あばよ、青春
私のようにまともな喧嘩をやったことがない者(そういう人がほとんどでしょうが...)にとって、真樹先生のように毎日のように喧嘩をやっている人が存在するということは新鮮な驚きでした。

この本は、映画「すてごろ 梶原三兄弟激動昭和史」にもなり、梶原一騎を奥田瑛二が真樹先生を哀川翔が演じていました。


さて、その本の内容ですが、以下のような凄いものです。
第一章 前門の虎、後門の狼(蒲田時代)
  兄の梶原一騎と弟の三人で蒲田駅の東口の東邦興業、西口の中山一家と喧嘩に明け暮れる。中山一家とは、弟と29人を相手に喧嘩をする。

第二章 ヤキの印旛か八街か(千葉八街時代)
  蒲田時代の放縦がたたり、八街中等少年院に入る。この少年院でリンチを受けた経験が梶原一騎の「明日のジョー」の描写に生かされた。退院するまで100回以上の喧嘩をこなし、すてごろ人生を支える原動力となった。

第三章 霧笛、恋唄、ドブ板通り(川崎・横浜・横須賀時代)
  中山一家と揉めたため、多摩川を渡る。地元の暴力団の組長の女と懇ろとなる。不良外人に海外に売られそうになった女を救う。軍属との女性関係のもつれで発砲されたり、股間をナイフで刺されたり危機一髪。

第四章 ジュクとブヤ ―― 昔日の街よ(新宿・渋谷時代)
  八街時代の友人を頼り、新宿に住む。渋谷で首藤組の羽根田(安藤組の花形敬)と揉めて、多摩川の河原ですてごろの戦いを行い引き分ける。その数日後、花形は殺される。

第五章 ビバ!! 東京オリンピック(大森・大井時代)
  行きつけのホステスを巡りボクシングライト級のホープと戦う。

第六章 女の広場の夜は更けて(新橋・銀座時代)
  トップ屋と劇画の原作の二足の草鞋を履く。

第七章 喧嘩空手よ、ゴッドハンドよ(大塚・池袋時代)
  梶原の紹介で大山倍達と会い、極真会館に入門する。大山茂の不興を買い、芦原英幸をけし掛けられる。ちょっとした事で山崎照朝、佐藤勝昭さらには大山倍達と一触即発となる。

第八章 陽はまた昇るか、修羅の街に(赤坂・六本木・西麻布時代)
  梶原と二人でプロレスラーのバディー・オースチンと戦い、勝利する。

この本の内容で、一番ネット上で話題になっているのは、第四章の花形敬とのすてごろ対決の話です。花形敬は、本田靖春原作のルポルタージュ『疵・花形敬とその時代』で有名になりましたが、渋谷を縄張りとしていた安藤昇が率いる安藤組の幹部で、「素手喧嘩(ステゴロ)」がトレードマークでした。
疵 [DVD]陣内孝則が花形役で「」という映画も作られました。この映画は、安藤昇が企画したものだそうです。

かつてシブヤに伝説の都会派ヤクザがいた。その名は花形敬。今でも「力道山も恐れた男」として伝説は生きている。戦いの場では、生涯一度も銃や刃物を持たず、常に素手で相手を叩きのめし、死神と恐れられた反面、無類の優しさも持ち合わせていた。

昭和30年代を鮮烈に駆け抜け、33才で逝った男を、陣内孝則が熱演。

さて、その花形との対決の経緯は以下のようなものです。花形相手に話をしに行くだけでも凄いと思います。(笑)

最初から大層機嫌が悪そうで、私とかなり席が離れていたが、不意にグラスの中身を隣に座るホステスへ浴びせた。それだけでは足りず、髪を掴むと濡れそぼった顔をおしぼりでごしごしやりだした。
店内は結構な賑わいのようであったのが、通夜の席のようにしんとしてしまっている。ホステスの悲鳴だけが断続的に尾を曳いた。
「ねえ、止めてあげて。仲良しなのよ!」
みどりが私の肩に縋り、揺さぶった。
私も羽根田のしつこさには腹を据えかねるものをおぼえていた。梶原を兄に戴く身でもあり、酒席での狼藉にはなれっこで寛容なつもりだったのが、羽根田のそれは陰湿に過ぎた。グラスを置いて腰を上げた。
「でも気をつけて。素直に言うことを聞くとは、とても――」
みどりの声に背に羽根田の席へと歩を進めた。相手は名うての喧嘩屋なのだ。覚悟しないわけにはいかなかった。
「無礼があったのだろうが、その辺で勘弁してやってもらえまいか」
前に立って頭を下げると、羽根田はおしぼりをテーブルへ抛ったが、髪を掴んだ手はそのままに、
「男が安っぽくぺこぺこすんなよ。おまえにゃ関係ないことだろうが」
と上目ごしに私を見て言った。瞬きしなかった。
(中略) 「それにしてもだな、はったりを噛ましてるんじゃねえってことは、その目を見ればなんとなくわかる。行きずりの女にそこまでしようてえ心意気に免じて聞き入れるてやらんでもないが、条件が一つ」
「条件?」
「日を改めて、女抜きでひと汗かく」
「ひと汗 ―― 腕尽しの勝負ということだね、つまり」
「勝っても負けても遺恨なし、それでどうだ」
「一対一の、すてごろならば」
「すてごろか。ふん、ぞくっとくるぜ。いい響きよなあ」
かくて二人は三日後、玉川二子橋下の河川敷で雌雄を決する運びとなったのである。

さて、いよいよ対決のシーンです。その頃、真樹先生は極真会館に入門する前ですので、柔道をベースとした戦いだったようです。

突然、羽根田の右がノーモーションで伸びてきた。モーションばかりか、これっぱかりの重心の移動もないままに。といって手打ちかと視るのは間違いで、その一撃に全体重が乗っていることは空を截り、唸りを生じる圧倒的迫力から容易に窺えた。俗にいうヒットマッスルや腰ではなしに魂で打っている、そう見て取れた。
絵に描いたようなこの先制の右フックを、魅入られた者のごとく私は顎に受けて背中から叢に叩きつけられたが、おつかつに股間へと飛ばした足の先に浅いながら反応があった。直後に抗し難い麻痺感覚が下肢にきた。立ち上がろうと歯を食い縛り、必死にもがいた。
それから先の攻防については詳述しかねる。というのは夢中だったか、あるいはフックのダメージで記憶を飛ばされながら本能だけで闘っていたものか、どうにも空白を埋められないからだ。我に返ると、羽根田は私の前から身を翻したところであり、
「この続きはいずれまた!」
橋とは反対の方向へ走り去る肩越しに、風に乗って声が流れた。
土手の上の道を乗用車が一台、後を追うかのように速度を上げつつ過ぎて行った。
『空手バカ一代』の終わりの方で梶原が私と羽根田とのこの喧嘩の場面を描き、関東一腕っ節の強いやくざと引き分けたとし、またそれが縁で懇意となったともしているが、それらは潤色であって概要は以上の通りだ。


これらの記載に関して、2chなどでは、「ウソだ!」、「疑わしい」、「作り話」 という疑義が数多く書きこまれています。花形との対決の話を聞いた時、私も最初は「いくら何でもそれはないだろう...」と疑問を持っていました。
しかし、先生の「絶対に勝てるケンカの手順」という本で以下のように書かれています。
真樹先生が「すてごろ懺悔」で詳しく書かれて、自伝映画「すてごろ」でもクライマックスシーンになった、伝説のケンカ師A組のHとの戦いについてお聞きしたいのですが。
真樹 映画や本では名前を変えてあるけど、もうみんな知っているからな。 Aさんもまだ元気だろ。AさんはHとの件で俺のことをニガニガしく思ってたかもな。
村上竜司の結婚式で俺のテーブルとAさんのテーブルはとなりあわせだった。竜司が、こっちから行ってAさんにあいさつして下さいって言うんだ。
竜司はAさんのところにしょっちゅう麻雀をやりに行ってて、それで色々と気を揉んでたんだろうな。
俺はしょうがねぇから立って、あいさつに行った。Aさんも、いや、お元気そうでって言ってくれたけど、それで竜司もひと安心ってとこかな。
先生とのケンカの後にHは殺された。まさにHの生涯最後の相手が真樹先生だったわけですね。
(真樹先生著 ケンカの手順 より)

もし花形との対決が全くのウソであれば、花形を非常に可愛がっており、彼の映画(「疵」)の企画者である安藤昇氏が黙っていたはずはないと思いますので、私は真樹先生の記述を信じています。ただ、対決内容に関しては、両書で記載が異なるので、「すてごろ懺悔」に書かれている方を信用したいと思います。

ちなみに私が極真空手の地方支部に通っていた頃、その道場にマス・オーヤマカラテスクールの渋谷道場にスクーリングに行った者がいました。その当時、スクーリングは真樹先生と山崎照朝氏が講師となって指導していました。
彼から「(理由は分かりませんが)バカヤローと言いながら太鼓のバチで頭を殴られた」、「奥さんにはとてもやさしい」などの真樹先生の話を聞いてワクワクしていました。実は私もそのスクールには入っていたものの、真樹先生が恐ろしくて、とても渋谷まで行くことなどできませんでした。(笑)

それから10年以上経った1990年前後のことだと記憶していますが、信濃町からバスで西麻布方面に向かっていました。青山墓地沿いの道が外苑西通りに入る交差点で赤信号でバスが止まりました。その時、真っ白な綿のパンツに赤と白のド派手なアロハシャツを着てサングラスをした長身の男が、大股で横断歩道を渡りました。そうです、一見して堅気の人ではないと分かる風情です。
私は、「派手は格好だな...」と思って興味を持って眺めていました。すると、それは紛れもない、真樹先生その人でした。(笑)
先生は、横断歩道を渡ってすぐのところにある、お世辞にもきれいとは言い難い小さなラーメン屋に入って行きました。私は、長年憧れていた真樹先生との邂逅に感動して、バスの中でしばし茫然としてしまいました。
それが、私が生で真樹先生を見た唯一の体験です。

ともあれ、この本は真樹先生の人生に触れたい人には超お勧めの一冊です!


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このブログの目次です。 http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2010-04-17-1

それ以外の真樹先生の本です。
・時代が梶原先生を求めている! 「兄貴」 梶原一騎の夢の残骸
・真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔
・マッキーの最新作! 「哀しき空手王」
・真樹先生の大山館長への思いを書いた「大山倍達との日々」 
【お勧め】 ・真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1

大山倍達については、以下もご覧ください。
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
・日本の空手界を変えた名著! 「空手バカ一代」を読みなおす 
・ケンカ道 その”究極の秘技”を探る 篠原勝之著
・空手超バカ一代  石井和義著
真樹日佐夫の百花繚乱交遊録 絶対に勝てるケンカの手順―実戦対応最新版 (BUDO‐RA BOOKS) 史上最強の69 哀しき空手王 兄貴―梶原一騎の夢の残骸 (ちくま文庫) 格闘家は女々しい奴が9割 マス大山カラテスクールBOX(7冊セット) ワル最終章 1 (コアコミックス)


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コメント 7

Simple

mo_coさん

いつもNice! ありがとうございます。
真樹先生はmo_coさんとは世界が違うと思いますが...(笑)
by Simple (2010-09-21 21:31) 

mo_co

あ、私とは違うのですが・・・
(過去)身近に(ここまでではありませんが)近い世界の人がいたもので、つい(笑)

最近では、ケンカのできる人もめっきり減ったなぁ〜と嘆く人々です。

『絶対に勝てるケンカの手順』をいつか我が家の次男が読んでいたら報告しますね〜
by mo_co (2010-09-21 23:53) 

Simple

mo_co さん

了解です。納得しました。(笑)
お子さんが『絶対に勝てるケンカの手順』が読む日をお待ちしてます。
でも、今は学校でもちょっとでもじゃれ合っているだけで親が飛んでくる時代ですから厳しいでしょうね...。
by Simple (2010-09-22 22:41) 

Simple

TBMさん、

いつもありがとうございます。
TBMさんの書評ブログも読ませて頂いてます。
by Simple (2010-09-25 13:00) 

TBM

こちらこそ、いつもありがとうございます。
また訪問いたします。
by TBM (2010-09-26 00:16) 

rentans

真樹先生は伝説が多すぎますよね。

男の中の男だと思います。

Rentans須永
by rentans (2010-09-26 09:32) 

Simple

rentans須永さん

Nice! ありがとうございます。
真樹先生は、ほんとうに男のあこがれですよね。頭が良いし、ケンカが強いし、女にもてるし...。(笑)

ブログにある柳柳拳の動画、楽しませてもらいました。(^^)
私も気功は信じていますが、ラポールがないと使えないと思いますので、敵意のある相手には使えないと思います。
by Simple (2010-09-26 20:41) 

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