So-net無料ブログ作成

美術評論家の瀬木慎一を悼む [美術]

今日の朝刊に美術評論家の瀬木慎一氏が死去されたとの記事が載っていました。実際には3月15日に肺炎で亡くなっていたようです。80歳だったとのことです。謹んでお悔やみ申し上げます。

私は瀬木さんのファンだったので、本当に残念です。まだまだ美術界にモノ申すご意見番として頑張って欲しかったです。瀬木さんは、最近はTVの「なんでも鑑定団」の洋画の鑑定士としておなじみとなっていましたが、最近出ておられなかったので残念に思っていましたが、健康がすぐれなかったのですね。

私は瀬木さんの本が好きで、よく購入していました。ぱっと探しただけでも「名画の値段」、「浮世絵世界をめぐる」、「迷宮の美術」、「日本美術事件簿」の4冊が出てきました。あと2,3冊あったと思いますが、本の山の中に埋もれて見つかりません。(‐‐;

名画の値段―もう一つの日本美術史 (新潮選書)
私が一番最初に買った瀬木さんの本は、「名画の値段 -もう一つの日本美術史-」という本で、日本の名画が明治、大正、昭和、平成とどのような値段で売買されていたかをまとめた本で、副題にあるようにまさに「もう一つの日本美術史」と言える本です。私が好きだった、尾形光琳、葛飾北斎、岩佐又兵衛、上村松園などの代表作がどのような経緯で、いくらで取引されたかなどを興味深く読むことができました。

また瀬木さんは、日本特有の事なかれ主義で波風をたてない風潮のある美術界の中で、常に問題提起をしてきた人だと思います。浮世絵の分野で写楽と北斎に関する内容が有名です。

写楽に関しては、あれだけ技術の高い絵師が百数十枚の役者絵を描いて1年あまりで忽然と消えたことはおかしい、有名絵師が名前を変えて出版したに違いない、という「写楽別人説」が唱えられました。能役者の斉藤十郎兵衛が写楽であるとの主張や歌川豊国、歌舞妓堂艶鏡、葛飾北斎、喜多川歌麿、司馬江漢、谷文晁、円山応挙、山東京伝などの絵師が写楽と名乗っていたとの本が浮世絵の専門家、素人を問わずに沢山出されました。
しかし、瀬木さんはそのような風潮に対して冷静に、「写楽は写楽である。『浮世絵類考』の原点に立ちかえってすべてを見直すべき」と主張しました。

次に北斎に関してです。長野県の小布施(おぶせ) に北斎館という北斎の肉筆画を集めた美術館があります。小布施は長野市内からも遠い自然が豊かな場所ですが、一般の人は「どうしてそんなところに北斎の美術館が?」と思うかもしれません。これは小布施出身の高井鴻山という豪農商が、江戸で北斎の弟子となった関係で北斎が83歳の時に小布施を訪れ、以来4度も訪れて絵画の制作を行ったといわれているからです。そして、その時に小布施の町の祭り屋台の天井絵や岩松院の天井絵を描いたと言われています。
この岩松院の天井絵は畳21畳分の大きさがあり、畳の上に寝て見ないと全体が見えないほどの大きさで、北斎最晩年の作と言われています。(お客さんがみんな横になって天井絵を見ているのを傍からみるとちょっと異様です。(笑))

そしてこの北斎館は、小布施町民が所有していた北斎作品の流出に危機感を抱いた小布施町が、作品を町民から買い上げたり貸与を受けるなどして開館したとのことです。私も何度か訪れましたが、なかなか雰囲気の良い美術館です。
瀬木さんは、その小布施町の旧家から、「百」、「天狗」の二種類の8個の紙印が見つかったことを重く受け止めるべきと主張しました。
印というものは、改めて説明するまでもなく、長期の使用に耐えるべきものであり、石もしくは木といった堅固な材料によって造られるのが普通である。そして、画家はそれを大事にし、みだりに使用しない。たまたま、何かの都合で印を携行していなかった画家は、著名のみで済ますか、花押を添えれば足りる。紙による印をわざわざ造るというようなことは、まあ、あり得ない。紙印が造られるのは、贋作用であるのが、美術の世界の常識である。(中略)
実をいうと、私は以前から、小布施町から出た、あるいはそこにある天狗印の作品の不安定であることに気付き、クルミであるとか、氷を石にぶつけたものであるとか、紙印であるとかの地元での伝聞を紹介して、注意を促していた。
このような印が造られたこと自体、特異であるが、それを見てはならないものとして、子孫に伝えられて、永らく隠匿され、ようやく今日、明るみに出されたことも、珍しいケースである。所蔵家の勇気は、特記すべきものがある。すべての北斎研究者は、これに対応しなければならない。
(「迷宮の美術」P130~131)
かえりみて、ここ数年の北斎への熱狂は、写楽へのそれと共に、常軌を逸していた。作品の内容を厳密に検討しないまま曖昧な印象に頼って、一部の疑似鑑定家が無暗に真作の数を増やしていた北斎作品の総点検が今、当然に必要である。紙印の側からのみ、作品の真贋を判定できないことはいうまでもないが、それを有力な手がかりとして作品自体を再検討することは可能であり、ぜひともこの原点に戻って冷静になされるべきである。これを契機に、北斎研究を、遅ればせながら学問の水準に引き上げたいものだと心から念願する
(下線は、引用者) (同 P133 )

瀬木さんは、北斎が四度にわたって小布施を訪れたというのは誇張であり、祭り屋台の天井絵、岩松院の天井絵を北斎が制作したというのは、考え難いと主張します。では誰が北斎の代わりに制作を行ったかということになりますが、瀬木さんは北斎の弟子である葛飾為斎が小布施に来ていた可能性が高いと主張していました。
このように、美術界の流れに迎合することなく、美術研究を学問として行うように主張していたのが瀬木さんでした。

美術雑誌に関係していた知人に聞いた話では、瀬木さんは「美術界の暴れん坊」というような印象だったそうで、「瀬木さんが言うのであれば、しょうがない」というような雰囲気があったそうです。
それだけに瀬木さんに取り上げて欲しかった美術界の問題がまだまだ沢山ある思います。もう少しお元気でいて欲しかったというのが正直な気持ちです。

本当に惜しい人を亡くしました。ご冥福をお祈りいたします。

写楽に関してはこちらもどうぞ。
・写楽は北斎か? 「写楽」問題は終わっていない 田中英道著を読む
・写楽は欄間彫りの「庄六」だ! 「歌川家の伝承が明かす『写楽の実像』を六代・豊国が検証した」 六代歌川豊国著を読む
・江戸美術考現学 浮世絵の―光と影  仁科又亮著 を読む

ブログランキングに参加しています。記事が気にいったらクリックをお願いします。人気ブログランキングへ

このブログの目次です。
http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2010-04-17-1

浮世絵世界をめぐる西洋名画の値段 (新潮選書)日本美術事件簿西洋美術事件簿瀬木慎一の浮世絵談義
近代美術事件簿名画修復―保存・復元が明かす絵画の本質 (ブルーバックス)国際/日本 美術市場総観―バブルからデフレへ1990‐2009


nice!(5)  コメント(6)  トラックバック(0) 

nice! 5

コメント 6

Simple

ChinchikoPapa さん

Nice! ありがとうございます。
米子の実家の向かいの写真館とは興味深いですね。
スケッチの「銀座風景」は、米子の絵かと思いました。
by Simple (2011-03-23 21:02) 

Simple

mo_co さん

Nice! ありがとうございます。
苫米地先生の本買われたのですね! 内容はどうでしたか?
私は最近、先生の本を買ってないですね。


by Simple (2011-03-23 21:07) 

Simple

PENGUING さん

Nice! ありがとうございます。
浜松町に小便小僧があるとは知りませんでした。
今後ともよろしくお願いします。
by Simple (2011-03-23 21:42) 

TBM

瀬木さんの著作、まだ読んだことがないので、
チェックしてみたいと思います。
by TBM (2011-03-23 23:55) 

Simple

TBM さん

Nice! & コメントありがとうございます。
瀬木さんの本、ぜひチェックしてみてください。
関西はチャリティーマッチがあっていいですね。
by Simple (2011-03-24 22:06) 

Simple

RONRON さん

Nice! どうもありがとうございます。
原発問題がなかなかおさまりませんね。

by Simple (2011-03-27 00:23) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

メッセージを送る