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大山倍達の実像は? 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか 増田俊也著 を読む [格闘技]


木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか← 単行本とKndle版です。

前回紹介した本ですが、700ページもある本なので、いろいろと興味深いことが書いてありますので紹介したいと思います。

①大山倍達について
まず、木村政彦の弟分であった極真会館の大山倍達館長にに関してです。この本では、「大山倍達の虚実」という一章を割いて大山館長に関して書いています。
たしかに大山伝説には多くのフィクションがある。しかし、木村と力道山双方と濃密な関係を持ち、あの二人の一戦では木村側についていたことは間違いなく事実だからだ。
プロ総合格闘技興行が地上波に乗り、さらにネット社会になって格闘技全体の情報化が進み、いまや大山倍達を擁護すると「『空手バカ一代』幻想から脱却できない時代遅れの人間だ」と誹謗されるような状況だが、私は大山や極真空手の流れについて充分理解したうえで話をしていることを理解して頂きたい。
大山館長が韓国人であることは、話し方のイントネーションを聞くと「もしかして?」と感じる人が多いと思いますが、本で明確に書かれたのは、館長の一番弟子であった中村忠氏の著書である「人間空手」だと思います。この本を読んだ時は、大山館長の本はほとんど読んでおり、私淑状態だったので、結構ショックを受けました。まあ、当時は韓国人に対する差別がひどかったでしょうから、それを隠すのはしょうがないと思いますが...。

しかし、館長の本には必ず出ている、子どもの頃に満州で ” 借力 ” (ちゃくりき:拳法の一種)を学び、その後、空手の道に入ったというのがフィクション(嘘)だったことは大ショックでした。この本によると、館長は18歳の時に日本に渡って来ましたが、それまでに学んでいた格闘技は3年間学んだボクシングだけだったそうです。

日本に渡ってからは、京都義方会の曺寧柱に剛柔流空手を学びますが、3ケ月程度だったようです。その後、山梨航空技術学校で学びますが、その時もグローブを持ってボクシングのトレーニングを行っていたそうです。卒業後、上京して松濤館で船越義珍に1年程度空手を学んだそうですが、その後、戦争に徴用されたので空手を本格的に学んだのはその時だけのようです。

一方、木村政彦は戦前の拓大時代に松濤館と剛柔流の空手を柔道と並行して修業していました。それは義方会の東京支部の空手部門の師範代をつとめるほどの本格的なものだったそうです。そう考えると、この時点では、明らかに大山館長よりも木村政彦の方が空手も強かったと思われます。そういう意味で「打撃」、「投げ」、「寝技」のすべての技術を備えていた木村政彦は正に「史上最強の格闘家」であったと言えるのではないでしょうか。

しかし、だからと言って大山館長が弱かったと言っているわけではありません。大山館長は、その後、ボディービルダーの草分けであった若木竹丸氏に師事してウエイトトレーニングを行い、強靭な肉体を作り、山に籠って自己流の空手のトレーニングを行っていたようです。そして、木村政彦は、大山館長が興行で実際に柔道家とすもう取りの二人と闘い、わずか2発の蹴りで倒すのを見ているそうです。

この本を読んで、私は遠藤幸吉の「あのねえ増田さん、大山が本当に好きだったのは牛島先生なんだよ」というコメントが気になりました。
「大山はね、たしかに木村さんのことを尊敬していた。だからいつもそばにいたがったし、後をついてまわっていました。木村さんのことを尊敬していたことは間違いない。だけどね、大山が本当に好きなのは牛島先生のことなんです」
「それはどういうことですか?」
「大山は牛島先生の極右思想に惹かれていたんです」

木村政彦の師である牛島辰熊は、柔道家として頂点を極めましたが、思想家としての顔がありました。それは、陸軍で軍事の天才と言われた石原莞爾の思想に傾倒し、後に東條英樹暗殺計画まで図るほどでした。当時の戦況は、日本の敗戦は濃厚であるにもかかわらず、東條は国民を騙して戦争を継続しようとしていました。そして、牛島は暗殺の実行犯として、自分の育てた「最強の格闘マシーン」である、木村政彦を使おうとしました。しかし、当の木村政彦は自分が強くなること以外には全く興味がなかったそうで、師の思い通りには動きませんでした。
牛島辰熊には思想があった。
加納治五郎にも大山倍達にも思想があった。
しかし、何度も言うが、木村政彦にはそれがなかった。

②柔術から柔道へ
まず、木村政彦が活躍した戦前は、柔道といっても現在のように講道館だけでなく、「講道館」、「武徳会」、「高専柔道」の三つの流派がしのぎを削っていました。明治十五年に加納治五郎が講道館という新興柔術流派を作りましたが、最初は町道場の一つにすぎませんでした。それが、富田常雄の小説「姿三四郎」によって、一挙に有名になり、現在の世界の講道館になっていったのです。これは、池袋の少し大きな町道場であった極真会館が梶原一騎先生の「空手バカ一代」で世界の極真カラテになったのと似ていますね。

それらの大本は古流の柔術なのですが、講道館柔道は当て身を禁止とし、当初は寝技がなく立ち技を中心とした技の体系を作りあげました。それに対して武徳会は半官半民の全国的な組織で、立ち技と寝技を両方取り入れていました。そして、もう一つの勢力がいわゆる「高専柔道」です。高専と言っても、現在の高専ではなく、戦前の旧制高校と旧専門学校による高専大会の柔道のことです。そしてこの「高専柔道」は、寝技が中心の柔道で、木村政彦をして「柔道の最盛期は高専柔道にはじまり高専柔道の消滅とともに終わった」言わしめたほどでした。

③阿部謙四郎と合気道
師匠の牛島辰熊に毎日のようにしごかれていた拓大予科時代の木村政彦は、どんな大会でも無敵でした。しかし、唯一、予科二年生の時に出場した全国の若手五段から強い選手を選んで行われた「済寧館武道大会」で大きな敗北を味わいました。
その相手は、武専助教の阿部謙四郎という選手です。
彼と組み合ってまず驚かされたのは、ふんわりとしか感じられない組み手の力と柔軟さだった。(中略) 文字通り掴みどころのない感触で、どんな技でも簡単に吹っ飛びそうな気さえした。
これはたやすい、私は思い切って得意の大内刈り、大外刈りを放った。次いで一本背負い。しかしどうだろう。まるで真綿に技をかけたようにフワリと受けられ、全然効き目がない。(中略) これではまるで一人相撲ではないか・・・。(中略) 相手の技に対して戦々恐々、防戦一方で試合は終わった。結果はもちろん、私の判定負けである。
木村政彦を翻弄した阿部謙四郎の柔道の秘密は、なんと、柔道と並行して植芝盛平に合気道を学んでいたことだったのです。これには驚きました。しかし、阿部が合気道を学んでいた件は、木村政彦は知らなかったようです。木村はこの阿部に完膚無きまでに敗れたことで奮起し、更なる研鑽を重ね、本当の無敵の王者への道をたどることになります。つまり、無敵の木村を生んだのは合気道であったとも言えるわけです。
そして、実は合気道の植芝盛平と木村政彦が立ち会う可能性があったそうですが、木村の親友であり、植芝の弟子であった塩田剛三の機転で、実現しなかったそうです。格闘技ファンとしては、是非とも実現して欲しかったですね。残念です。(^^)

④ウエイトトレーニングについて
木村政彦、大山館長は、若木竹丸に当時は一般的でなかったウエイトトレーニングを行い、鋼のような肉体を作り上げています。しかもその内容が尋常ではありません。
・100数十Kg、200Kgを超える重量で数百回、数千回という単位で延々とベンチプレスを行う。
・寝る前には腕立て伏せ1,000回を日課としていた。
⇒ その結果、ベンチプレス250Kg、ストレートアームプルオーバー90Kg、握力は200Kgを超えていたと言われています。
現在の理論で言えば、毎日ウエイトトレーニングをやるのは逆効果、1日筋トレをやったら2日は休息が必要と言われていますが、上記のような、どう考えてもオーバーワークの木村のトレーニングでどうして鋼のような肉体ができたのでしょうか? もしかすると、現在の筋トレの理論が何か間違っているのではないか、と疑問を感じてしまいますね。

以上のように、これはいろいろな観点で楽しめる本です。
是非、一読をお勧めします。

大山倍達については、以下もご覧ください。
・大山倍達と民族運動 「大山倍達正伝」 小島一志、塚本佳子著 を読む その1
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
・日本の空手界を変えた名著! 「空手バカ一代」を読みなおす 
・ケンカ道 その”究極の秘技”を探る 篠原勝之著
・空手超バカ一代  石井和義著

【お知らせ】
8/16(金)夜7時から日本テレビの「笑神様は突然に…」という番組で、仙台大観音が紹介されるそうです。そして、このブログで使用した写真を使用するとのメールを頂きました。どの程度使用されるのか分かりませんが、みなさんもお時間があれば、ぜひご覧になって下さい。
http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2011-10-09

このブログの目次です。
http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2010-04-17-1
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