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真樹先生の名作 「ワル」 真樹日佐夫原作 影丸譲二作画 を読み直す。 [真樹日佐夫]

ワル 1 (グループゼロ)
真樹先生の代表作であり、名作とも言える「ワル」の紹介です。
この「ワル」は、1970年~1972年まで少年マガジンに連載されました。
都内の名門校である鷹ノ台高校にいる不良生徒の氷室洋二と教師、校長との戦いを描いた作品で、主人公の氷室は、最終的に教師殺しの罪で少年刑務所に入ることになります。
氷室は、子供の頃から剣道の師範である父親から才能を見込まれて、厳しい剣道の修行を行い達人の域に達していました。その剣の力を利用して自らのロジックを貫き通す戦いを繰り広げます。

ワル 2 (グループゼロ)
最近、Kindle版があることに気づき、一気にダウンロードして再読しました。
いや~、傑作ですね! やっぱり。

最初の1巻目からぐいぐい引き込まれていきます。この「ワル」は、真樹先生の劇画原作と言う意味ではデビュー作です。しかし、このマンガが連載されていたのは、少年マガジンです。当時、梶原先生の「巨人の星」、「あしたのジョー」、「空手バカ一代」などが連載されており、「少年マンガを大人たちが読んでいる」として社会問題化(?)していましたが、あくまでも対象は、「少年」です。そして、私も小学生~中学生の時期にこのマンガを読んでいました。
今、改めて読むと、自分の息子が小学生の時には読ませたくな内容です。(笑)

ワル 3 (グループゼロ)
梶原先生も不良やヤクザをよく作品に登場させますが、この「ワル」での描き方は梶原作品と全く印象が異なります。リアルと言うか乾いていると言うか、とにかく少年マガジンの他の作品とは明らかに異質な印象を受けます。
そして、氷室洋二は単なる不良ではなく、自らの言動に対しては自分なりの筋を通す事を優先します。それがたとえ自分の不利になるようなことであっても、筋を通すためには黙って受け入れるという生き方がとってもカッコ良く、私の考え方もかなり影響を受けていると感じます。

そもそもこの「ワル」の主人公である氷室洋二のモデルは真樹先生自身だと言われています。たしかに真樹先生の父親も剣道の達人で、子供のころから手ほどきを受けていたそうでし、少年刑務所に入ったことも周知ですよね。また、作品上の状況や対戦相手のキャラクターなどにも真樹先生の自伝に書かれている内容が散見されます。

ワル 4 (グループゼロ)
さらに少年マンガにふさわしくないのが(笑)、女性がレイプされるシーンが多いということです。同級生の女子高生、女教師、女子大生など4人が被害者となり、そのうち二人がその後自殺することになります。女子高生が妊娠するという話は、「金八先生」にも出てきますが、レイプシーンなどは、他の少年マンガではなかなか出てこないですよね。

極めつけは、英語教師の美杉麗子です。もともと氷室を更生させるために鷹ノ台高校に赴任しますが、自分の美貌を利用して氷室の部下を籠絡しようしますが、失敗して教師を辞めます。その後は夜の街で女を磨いて氷室に対抗しようとしますが、結局、氷室にレイプされて氷室の軍門に下り、押し掛け家政婦として同棲生活を送ります。この美杉麗子の心の動き(憎しみ ⇒ 愛情) や葛藤は、他の少年マンガでは見ることができないものです。もちろん、当時中学生だった私も、「レイプされた相手を好きになるか??」と、まったく理解できませんでした。(^^)

そして、最終回の最後のシーン(氷室と麗子の駅での別れのシーン)も印象的です。
「こんなところまで わざわざ つれてってほしいからあとを追ってきたんだろう」
「だ だれがあんたなんかと!」
「ほう おれはまた てっきり ―― 大言壮語のわりにはなにもできなかったのは自分のこころをいつわっていたためだと あらためて おれへの愛情をさとり知らされた ―― で あとを追ってきたとばかり思っていたが」
「じゃな! 元気でやれよっ」
「洋二 いく! つれてって!!」
「ばか野郎! だから いったろ 世話かけやがって――」 (氷室が麗子の手を引き電車に乗せると同時にドアが閉まる)

とても少年マンガの終わり方ではないですよね。(笑)
再読して、今更ながらこの作品の奥深さが分かりました。
みなさんも是非読んでみて下さい。

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真樹先生を偲んで 史上最強の69 東邦出版編 真樹日佐夫黙認 を読む [真樹日佐夫]


史上最強の69
【謝罪】大変な間違いをしてしまいました。
この本、「真樹日佐夫著」と書いてしまいましたが、
東邦出版編 「真樹日佐夫黙認
が正しい表記でした。(^^) お詫びして訂正いたします。

2010年の4月に真樹先生69歳の記念に出された本です。

高田馬場の駅前にある芳林堂書店で「真樹日佐夫追悼」と紙が貼ってあり、真樹先生関連の本が並べられていましたので、思わず2冊買ってきました。そのうちの一冊を紹介します。
これは真樹先生の知人が真樹先生について語っている本で、真樹先生を直接知らない私たちにとって貴重な一冊だと思います。

Amazonに出ている内容紹介から
内容紹介
日本一ヤバい不良、その名は真樹日佐夫。
“最強”にして“最兇”の69歳の男を、各界の著名人が語る!!
映画監督、俳優、女優、空手団体館長、格闘技団体代表、格闘家、プロレスラー、ミュージシャン、歌手、落語家、 クラブママ、作家、劇画家、出版社社長、編集者など総勢40人が証言する、真樹日佐夫の正体とは--。
吉田豪による真樹日佐夫インタビューも掲載。他、門下生、船のクルー、SM嬢へのインタビューなど。

【寄稿】
哀川翔、飯塚則子、伊藤隆、猪瀬直樹、内田裕也、大槻ケンヂ、大津ひろ子、小笠原和彦、小沢仁志、影丸譲也、ガッツ石松、桂歌蔵、叶麗子、牛次郎、清田民子、倉田保昭、栗原早記、崔洋一、桜庭あつこ、佐藤勝昭、佐山サトル、シーザー武志、添野義二、高須基仁、永倉大輔、浜井識安、藤原敏男、藤原喜明、松井章圭、松方弘樹、三池崇史、緑健児、村上和彦、村上竜司、本宮泰風、保川敏克、山田英司、由井恵美、力也、廬山初雄 内容(「BOOK」データベースより)
日本一ヤバい不良、その名は真樹日佐夫―彼について、多くの友人が綴った文をまとめた一冊。

【現代カラテマガジン Vol159 昭和61年6月号】より
maki4.JPG


多くの人が69歳の真樹先生を語っていますが、そこから浮かび上がってくる先生の顔は...。

①外見は非常にコワイ (^^)
②69歳になっても毎日空手の稽古を続けている
③酒を飲む量がハンバではない
④女性にとてもモテル
⑤意外にも、とても優しく、照れ屋である

特に、①と⑤の大きなギャップによって、みんな真樹ワールドにはまっているようです。




この中から、いくつか興味深いものを紹介します。
まずは、コワイ真樹先生についてです。
●桜庭あつこ (女優)
私は社長から、ご飯を食べに行くということだけを伝えられ、社長と共に向かった (中略)
そこにはダークスーツを着た無表情の男たち。そして。とても緊張した様子の社長の顔。私はこんな表情をした社長を初めて見た。私は血の気が引くような思いを精一杯隠し、しっかりと前を見据えた。そこへ真樹師匠が現れた。
私は「ウ ・ ラ ・ レ ・ ル」と。そう思った・・・。
真樹師匠にお酒を勧められても、私は敢えてソフトドリンクを飲み、ただただ「どうやってこの場から逃げようか」と、そればかりを思っていた。
おなじみの山田編集長のコメントも最高です。この光景を見たかったですね。
●山田英司 (BUDO-RA BOOKS編集長)
そんな真樹先生が、世間ではなぜか恐がられている。一度、真樹先生と取材で蒲田の駅前を歩いていると、前からサングラスをかけた二人組が。真樹先生と正面衝突するかと思いきや、寸前、二人組は手前の店に入り、我々をやり過ごした。ちなみにその店はキティちゃんグッズでうまったファンシーショップ。
ヤクザ風の二人はキティちゃん人形を手にしながら、しきりにこちらを気にしていた。
真樹先生、恐るべし。

「ワル」の原作者であり、主人公そのものだと思っていた真樹先生ですが、お母さんをとても大切にしていたようです。
●佐藤勝昭 (佐藤塾塾長)
真樹先生はお母さんに対する思いが強い。梶原先生はお父さんのことをよく話したけど、真樹先生はお母さんのことをよく話す。一日4~5箱吸ってたあのヘビースモーカーが、お母さんに「身体に悪いからやめなさい」と言われたときからぱっとやめちゃった。
ある日、「先生、タバコは?」って訊いたら、おふくろにこう言われたんだ、って。それ以来吸っていない。大山館長の前でも吸っていたのに、真樹先生のようなワルでも、お母さんの言葉っていうのはすごいんだね。
大山館長に誘われて極真会館に入門したものの、最初は相当可愛がられたようですね。それを乗り越えた先生はやはりすごいです。
●添野義二 (士道館創始者)
昔、大山総裁が「真樹をしごけ」って言って、みんなの目の仇みたいにされて、それでも真樹先生は潰れなかった。
正直言って、あれだけしごかれたら辞めてしまうと思ったけど、続いたのはすごいと思う。(中略)
でも真樹先生は誰にも媚を売らない人で、大山総裁にもけっこう逆らっていた。自分のスタイルを貫いてたんだね。人の命令はきかないし。だから空手も続けたんじゃないかな。
次は真樹先生の恋愛観についてです。さすが先生です。
●三池崇史 (映画監督)
「本物の愛とは、奪うものなんじゃ」
「う、奪う ・・・」
「そうじゃ。欲しいものは力ずくでも手に入れる。クスリ漬けにしようがなんだっていいんだよ」
「は? クスリ ・・・。 あの、相手の気持ちとかは ・・・」
「相手に気がなければ諦めるのか? キミは諦められるのか?」
「いや、まぁ仕方ないかなと ・・・」
「フン。それは愛じゃないよ、三池君。キミは本気で人を愛したことがないね。愛とは反社会的な衝動なんじゃ。だから美しく尊い」

最後に先生の健康に関してです。今読み返すとなるほどと思います。
●松方弘樹 (俳優)
先生に言いたいのは、「とにかく酒をやめて!」かな。先生は飲み過ぎです! (中略)
鍛えることも大事ですが、労わることも大事です。お酒をやめてください。先生、お願いします! 2歳年下の松方弘樹より。

「釘師サブやん」の原作者としてで真樹先生と同時期にマガジンで活躍した牛次郎氏の言葉には重みを感じます。
●牛次郎 (作家)
私が脳血栓で自坊で、昏倒して、救急車で、地元伊東市の病院に搬送されたのは、約二年前のことで、思えば、真樹さんと、熱海のハーバーで、彼の愛艇、豪華クルーザーの船上に招かれて、美味酒を酌み交わして、麻布の寿司屋で、再開を約したあと、一週間程後のことであったと記憶している。(中略)
真樹さん。倒れた後で言うのも変だけど、病魔はいつ牙を剥くか判らない。充分に、御尊体労ってください。

吉田豪氏による真樹先生へのインタビューの中で、ちょっと気になったのは...
稽古しないで酒を飲んでもそんなに美味しくないからな。大山先生もある時期から弟子たちと稽古しなくなったけど、あれは太り過ぎちゃったせいで医者に止められてたんだよ。メキシコで牛と戦ったとき、膝を壊したせいでさ。70歳で亡くなっただろ?俺ももうそろそろ亡くなったときの大山先生と同じ年になるんだよ。

酒、空手、女性、ケンカ、作家活動、プロモーター活動などすべての分野において人の何倍もの人生を歩んだ真樹先生を知るには最高の一冊だと思います。


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ああ五十年身に余る―真樹日佐夫ワル自伝真樹日佐夫の百花繚乱交遊録絶対に勝てるケンカの手順―実戦対応最新版 (BUDO‐RA BOOKS)哀しき空手王兄貴―梶原一騎の夢の残骸 (ちくま文庫)格闘家は女々しい奴が9割すてごろ懺悔―あばよ、青春

真樹先生を悼む 実録・地上最強のカラテ 真樹日佐夫著を読む [真樹日佐夫]

真樹先生の訃報を聞きました。まだ71歳です。
TVで見ていてもまだまだお元気のようでしたので突然の訃報にはとても驚きました。大山先生が亡くなった時も突然だったので驚きましたが、大山先生が亡くなられたのも70歳と9カ月でした。何かの因縁を感じずにはいられません。

実録・地上最強のカラテ―ゴッドハンドの系譜〈下巻〉



jijyousaikyou.jpg真樹先生は、稀代の「ケンカ師」という顔と、極真会館の師範代までつとめた空手家としての顔があります。真樹先生の著書である「実録・地上最強のカラテ」から極真カラテとの関わりを中心に書いてみます。
「カラテ大戦争」が封切られたのは昭和53年春であり、その年の秋に私は極真会館総本部師範代を拝命。
館長室で大山より言いだされ、手に余るとの思いがあって、
「大変光栄ではありますが、いま、支部から手を引くというのはちょっと・・・・・」
手塩にかけてきた道場生たちのことを理由に辞退せんとした。ところが、
「支部長と掛け持ちすりゃいいさ。言っとくが、これは柳川の後押しもあってのことなんでね」
「柳川相談役の?」
極真会館相談役の一人として名を列ねる柳川次郎(のちの魏志と改名)は、かつて山口組傘下で、”殺しの軍団”の異名をとる柳川組を率いて世間を震撼せしめ、この柳川と大山がやはり義兄弟の間柄で、そうしたことから梶原と柳川の間にも俗にいう”回り兄弟”の関係が生じていた。
(実録・地上最強のカラテ下巻 P162)
このように、真樹先生、梶原一騎先生、大山館長は、義兄弟として蜜月の時代が続きましたが、ご存じのようにその関係もだんだんとギクシャクし始めてきました。
昭和54年、大山館長から真樹先生、梶原先生は築地のスエヒロでアントニオ猪木に関して相談を受けました。
異種格闘技路線というか、挑戦者はどの分野からでもよしってことで、そしてプロの空手家たちも何人か倒しはしたが、しかしそれだけで空手界にはもはや敵なしなどとされてしまっては----(中略) ひとつこの辺で極真としてはいつでも彼の前に立ちはだかることができるんだということは言って置きたく、それでこうして
これを受けて梶原先生はウィリー・ウィリアムスとの対戦を進めることになります。もと極真会館の師範代で、”鬼の黒崎”の異名をとる黒崎健時にウイリ―を預けて鍛え上げることになります。ところが、黒崎の特訓のおかげで強くなりすぎたウイリ―は、第二回世界大会を破竹の勢いで勝ち上がります。
これにより、「このままじゃ日本は勝てん。アメリカ勢に優勝を攫われる・・・・」と大山館長が呻くように言い、結局、ウイリ―に片八百長をさせることにして、日本の王座を守ることになります。
ウイリーに片八百長の反則負けを強いてまでも、大山としては王座の海外流出を防ぎ語ったのか。表彰式を終えて武道館を後にする私のの身も心も鉛のように重く感じられたが、帰途、梶原と立ち寄った銀座の酒場で彼の口から、それだけであるはずがなかろうと聞かされるに至って、内なる思いは千々に乱れたことであった。
「王座の海外流出を防ぐ、それは勿論だが、まあ半分だろうな」
「半分?というと、あとの半分は」(中略)
「極真の世界チャンピオンとなれば確かに集客力は増そうが、さりとてもしウイリーが猪木のブロレスに敗れてでもしてみい。言いだしっぺの大山は、それこそピエロになり下がる。違うか?」
「三位なら名誉もまあ損なわれずにすむわけか」
好物のバーボン・ソーダが常になくほろ苦く感じられた。(前出 P180 ~181)

maki1.JPGさらに大山館長は、昭和55年2月、ウイリー対アントニオ猪木戦の直前に、ウイリーの師匠である大山茂を無期禁足、ウイリーを破門処分とすることを発表しました。
「当方から挑戦状を叩きつけての他流試合が禁止されているにもかかわらず対アントニオ猪木戦を強行すること」が理由であるとの大山館長のコメントが出されました。当時の私は極真会館の支部道場生だったので、ウイリーの片八百長から破門処分までの一連の動きをリアルタイムで知っていましたので、それまで抱いていた大山館長への思いはどんどん醒めて行ったことを憶えています。
そして、大山館長、梶原先生の関係はさらに拗れていきます。
「ウイリー対猪木戦でもしウイリーが猪木に敗れた場合、会場の混乱に紛れて猪木を襲い、序に梶原、黒崎両名も袋叩きにせよ、という秘密指令が極真会館上層部より同館幹部の何人かに出されている」
という情報を真樹先生はある筋からもたらされます。
――大した波乱もなくてすんだが、この興行が大山と梶原、私を含めて義兄弟関係を裂く引き金となったことは動かせない。
それに拍車をかけたのが、少し後に生じた「添野・芦原事件」。
添野の事件を報じる記事が新聞に載ったのと前後して、芦原と大山の不和が決定的になった、ということが極真会館内部で囁かれだした。

そして、極真本部委員会の決定事項として、添野、芦原の除名と「この両名と私的交際を続けたものは、同様の処分を受ける」との通達が出されたそうです。それに対して真樹先生は、「この伝でいうならば、例えば身内の者が刑事責任を問われなどした場合、兄弟の関係にあったとしても二度と近づいてはならぬということになるではないか」と反発して、大山館長に対しても電話で話をしたそうです。しかし、
「それはまあ、真樹さんの言い分もわからないではないが、なんせ委員会での決定事項だから・・・」
というような反応だったそうです。そして、この委員会の決定を無視し続けたことに対して、腹を立てた門下の若手過激分子たちが、刺してやると息巻き、十人ばかりで特攻隊を編成したという物騒な情報が入ることになります。それに対して、真樹先生は腹を立てて、
はねっ返るのもいい加減にしろ。おまえたち若手が拠って在る極真会館を今日あらしめたのは、近いところでは添野であり、芦原である。彼らの骨惜しみない献身があればこそ極真会館はここまで規模をひろげることができた、このことは動かせない。そうした事実も忘れ、交遊を絶やさないというだけの理由で、こともあろうに特攻隊とは・・・(中略)
当時、私はこの記事を真樹先生発行の「現代カラテマガジン」で読みましたが、何がどうなっているのかさっぱり分かりませんでしたが、この本を読むとこの若手(内弟子と思われる)は、大山館長の意向で動かされていることが分かります。

このように真樹先生の本部師範代就任からウイリー対猪木戦、添野・芦原除名事件などを時系列で振り返ってみると、私の大山館長や極真会館への熱い思いが一気に醒めていく過程がフラッシュバックしてきます。

今夜は真樹先生を偲んで手元にある先生の本を読みかえそうと思います。
押忍!

それ以外の真樹先生の本です。
・時代が梶原先生を求めている! 「兄貴」 梶原一騎の夢の残骸
・真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔
・マッキーの最新作! 「哀しき空手王」
・真樹先生の大山館長への思いを書いた「大山倍達との日々」 
【お勧め】
・真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その2

大山倍達については、以下もご覧ください。
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
・日本の空手界を変えた名著! 「空手バカ一代」を読みなおす 
・ケンカ道 その”究極の秘技”を探る 篠原勝之著
・空手超バカ一代  石井和義著

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真樹日佐夫の百花繚乱交遊録ああ五十年身に余る―真樹日佐夫ワル自伝史上最強の69すてごろ懺悔―あばよ、青春兄貴―梶原一騎の夢の残骸 (ちくま文庫)格闘家は女々しい奴が9割



真樹先生の集大成! ああ 五十年 身に余る 真樹日佐夫著 を読む [真樹日佐夫]

ああ五十年身に余る―真樹日佐夫ワル自伝
今週の月曜日、いつもの小さな本屋ではなく何故か駅ビルにある比較的大きな本屋に行きたくなりました。最近読みたい本があんまりないんだよな~と思いながら、サブカルチャーのコーナーへ。
特に欲しい本がないなと思っていると、本棚の膝の高さにある本が妙に気になりました。見慣れない本ですが、手に取って欲しいと主張しているようでした。「ああ 五十年 身に余る 」? よく見たら真樹先生の最新刊の本ではありませんか...。
私はこの時に確信しました。
私はこの本を買うためにこの本屋に来たのだと。(^^)
でも、時々あるんですよね。こういう感覚って。

maki.JPG
さて、最近は「サンデージャポン」や「アッコにおまかせ」などで、TVに出ることが多い真樹先生ですが、若い頃の写真を見ると本当にカッコ良いです。ジャニーズ系といってもおかしくないイケ面で、しかも長身でケンカでが強い。もてないはずがありませんよね。この本を読むと、実際かなりモテモテだったようです。
驚いたのが、18歳の頃から付き合っていた19歳年上の女性を生涯面倒を見ていたことも書かれていることで、奥さんは読まないのだろうか? と読んでいるこっちがドキドキしてしまいました。(笑) さすがに真樹先生は私たち凡人とは、器も甲斐性も大違いだと再認識しました。

ただし、この本は先生の小説や劇画原作の作品に関する内容が多く、真樹先生のケンカなどに関してはほとんど出てきません。その辺を読みたい人には不満が残るかも知れませんね。


梶原一騎氏の2人目の奥さんは台湾の女優である白冰冰ですが、その娘さんの悲劇はご存じだと思います。
俺たち二人にとっては姪に当たるその子がこの年平成9年春にあろうことか誘拐され、身代金の要求後に惨殺されたのだ。享年、16歳。母親は一人娘のために日本円にして五億もの身代金を何とか工面したのだが、警察の察知するところとなり犯人グループが逆上、人質を裸にして殺害したばかりか針金で手指を切断して送り付けるという、神をも恐れる仕打ちに及んだのであった。
そう伝え聞いて、次はこちらが逆上。前夫の弟がのこのこ現れたならば火に油を注ぐようなものだから、と周りが制止せんとするのを振り切って台北市内で営まれた通夜に出席。序でに局の求めに応じてテレビにも出演し、そこで、 「犯人グループよ、逃げ隠れしてないで出てきやがれ。一人残らず八つ裂きにしてくれるから」とマイクに向け思いの丈をぶちまけた。
私はこの事件をニュースで聞いて、「真樹先生が黙っているはずはないだろうな」と思い、日本と台湾の裏社会での抗争が起こるのでは?ととても心配して記憶があります。

この本で紹介されている映画監督の三池崇史氏が書いた真樹先生に関する記載が面白いので最後に紹介します。
「人間凶器」の原作者でもある梶原一騎の弟さんだとは知っていたし、噂には聞いていたが、あれほど強烈な個性持ち主とは思っていなかった。
できあがってきた脚本は、一から十まで真樹日佐夫ワールドだった。どんな人か知らなかったので、シーン一からシーン十まで、全部赤ペンで X を書いた。打ち合わせの前にプロデューサーが真樹先生にそれを見せていた。
「面白い人間がいるねえ。すぐここに呼んできなさい」
そして、俺が呼ばれたのが初対面の時だった。
くるっと振り返った。ギロリと睨まれた。さすがは梶原一騎の弟だ。迫力が違う。違いすぎる。
その真樹先生の形相を見た時、「おいおい、脚本家がこの人なら、こういう人だと言ってくれればよかったのに」と、プロデューサーを少し恨んだ。そこからの付き合いだ。
(中略)
真樹先生は、あんな風体で、梶原さんのことを「お兄ちゃん」と呼ぶ。
「お兄ちゃんはこう言っていた」
おのごつい顔で言われると、これが「お兄ちゃん」って言葉か、兄弟っていいな、と思わせられる。聞いていて、なんだか心地いい音なのだ。
他の本からの引用が多いので若干読みにくいですが、真樹先生のファンにはたまらない本です。

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真樹日佐夫の百花繚乱交遊録絶対に勝てるケンカの手順―実戦対応最新版 (BUDO‐RA BOOKS)史上最強の69哀しき空手王
兄貴―梶原一騎の夢の残骸 (ちくま文庫)すてごろ懺悔―あばよ、青春格闘家は女々しい奴が9割ワル最終章 2 (コアコミックス)

時代が梶原先生を求めている! 「兄貴」 梶原一騎の夢の残骸 真樹日佐夫著 を読む [真樹日佐夫]

今年の初めからいわゆる「タイガーマスク現象」が日本列島を席巻しましたね。タイガーマスクの主人公である伊達直人を名乗る人たちが児童養護施設などに寄付をして、民主党政権の暗い世の中に明るい話題を提供してくれました。そして、TV CMには、星飛雄馬、花形満、オズマ、左門豊作(笑)が登場していますし、極めつけは、山下智久主演で「あしたのジョー」が映画化された事です。

まさに時代が昭和の劇画王である梶原一騎を求めているように見えます。期待をことごとく裏切ってくれる民主党政権に嫌気がさした人たちが、「何だかんだ言っても昭和のあの時代はよかったな~」と思っているようにも見えます。
そうだ! みんな梶原一騎のマンガを読んで、ハングリーな上昇志向を取り戻してもう一度、中国を蹴散らすんだ!(笑)

この梶原一騎マンガブームのおかげで、あまりTVを見ない私でも「サンデージャポン」、「アッコにおまかせ」の2つの番組で真樹先生の70歳とは思えない若々しいお姿を拝見することができました。

兄貴―梶原一騎の夢の残骸 (ちくま文庫)

前置きが長くなってしまいましたが、今回紹介するのは真樹先生の
<兄貴」梶原一騎の夢の残骸>です。梶原先生を一番近くからみてきた真樹先生ならではの視点で、先生の一生を浮き彫りにしています。




昭和41年5月、少年マガジンに「巨人の星」の連載が始まり、梶原時代の幕が開きました。これまで文芸雑誌などから一段低く見られていた漫画にヒューマニズムを盛り込むという意欲をこめて、主人公に飛雄馬(ヒューマン)という名前を付けた話は有名ですよね 。この「巨人の星」はテレビアニメ化されてそのブームはさらに加熱しました。
そして人気を裏付ける象徴的事実として<少年マガジン>誌は発行部数を百万の大台に乗せ、さらには百五十万部へと記録を伸ばすことになるのだが、一方、梶原のところへは、ブームがエスカレートするのと競うかのように他誌からも同一路線上の作品の依頼が殺到した。
柔道一直線」(<少年キング>連載 画・永島慎二)、「タイガーマスク」(<月刊ぼくら>連載 画・辻なおき)、ときて、そこでまた<少年マガジン>にて「あしたのジョー」(画・ちばてつや)の大ヒットが生まれるわけだが、私見をいえば、のちの「空手バカ一代」(<少年マガジン>連載 画・つのだじろう 影丸譲也)、「柔道賛歌」(<少年サンデー> 連載 画・貝塚ひろし)、「愛と誠」(<少年マガジン> 連載 画・ながやす巧)なども含む梶原の全作品を通じても、この「あしたのジョー」が傑出しているように思える。
「巨人の星」星飛雄馬の模範少年の鑑的キャラクターぶりと違って、主人公矢吹丈が正反対のアウトローとして設定されている点、肩が凝らずにすっと入っていけたし、またなにより、ジョーのさすらい時代を淡々と描いていささかもだれさせないところなど、ちばの才筆に援けられている面が多い。

<少年ジャンプ>が最高で500万部を売ったことを考えると、150万部なんて大したことない思うかも知れませんが、当時としては大変な数字です。梶原先生が登場する以前はマンガは子供が読むもので大人が読むものではありませんでした。それが、この時代の梶原先生の登場とリンクして大人までもが競ってマンガを読むようになったのです。当時は全共闘運動が盛んな頃で、「右手にジャーナル、左手にマガジン」と言われていました。これは右手に「朝日ジャーナル」、左手に「少年マガジン」という意味で、マンガ雑誌が全共闘世代の大学生の愛読書であったという意味です。
どう考えても「朝日ジャーナル」は左だろう、と思うのは私だけでしょうか?(^^)

極めつけは、1970年3月におきた赤軍派による日本最初のハイジャック事件です。これは日本航空のボーイング727「よど号」を9名の赤軍派メンバーが乗っ取って北朝鮮に亡命したという事件で、この時に犯人グループは、「最後に確認しよう。われわれは明日のジョーである」と言ったことは有名な話です。

さて、マンガの原作で絶頂期を迎えた梶原先生ですが、映画の世界に進出して「地上最強のカラテ」などを大ヒットさせたり、アントニオ猪木全盛の新日本プロレスと組んでリング上に「タイガーマスク」(初代佐山サトル)を登場させるなどで多忙となり、マンガの原作の方にしわ寄せが出ていたようです。
「いいかい、怒らないで聞いてもらいたいんだ」
と話を切り出した。
「改まって、なんだよ」
「最近、兄貴の書くものは、はっきり言って面白くない」
「おい、そんなことをぬかすためにわざわざきたのか」
梶原は露骨に不興げに眉を寄せた。金縁眼鏡の奥の細い目が拒絶的な光を宿し、瞬きしなかった。(中略)
「人気の点がどうの、とういうんじゃないんだ。そんなものは糞くらえだが、魂の躍動が伝わってこないのは淋しい限りでね。いまさらカザリン時代を思い出せ、とは言わんが、ここらでもう一度褌を締め直す必要があるんじゃなかろうか」
「おまえなあ、誰を相手に物を言っているつもりなんだ」
「劇画の神様カジワライッキに対してさ。「あしたのジョー」は百年生きたって俺には書けない、だからこそあえて苦言を呈したくもなろうってもんでね」
天下の梶原先生に対して、このような意見を言えるのは真樹先生だけだったでしょうね。

この後、梶原先生は暴力事件で逮捕されて62日間留置所で過ごすことになります。これは、警察が梶原先生に対して「覚せい剤疑惑」を持って別件逮捕を行い拘留を大幅に延長させたようです。(結局、覚せい剤の疑惑が晴れて釈放されます)
この時、警察は梶原先生と一緒に真樹先生も逮捕しようと考えていたようです。ところが、真樹先生の悪い話をほじくり出そうとしていくら聞きまわっても、真樹先生に関しては良い話しか出てこないためあきらめたようです。(^^)

出版業界は、梶原先生が逮捕されると世間体を考え、競って先生の単行本を絶版にしたそうです。しかし、先生が亡くなられた途端に復刊につぐ復刊してそれがバカ売れしたとのこと。ちなみに今回の「タイガーマスク現象」で、「タイガーマスク」のマンガに大量の注文が入ったそうです。

やはり梶原マンガの名作は今後も読み継がれていくことでしょう!

(追記)
山Pの映画「あしたのジョー」みてきました。いや~! 良かったです。山Pも頑張ってましたし、伊勢谷友介の力石はマンガのイメージそのものでした。そして香川さんの丹下段平も違和感なく見ることができました。
ただ、残念なのが香里奈が...。白木葉子のイメージじゃないんだよね。
あとは、例のアニメの主題歌が使われなかったことかな? 不満はそれくらいでしたね。良かったですよ。
みなさんもぜひご覧になって下さい!

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それ以外の真樹先生の本です。
・時代が梶原先生を求めている! 「兄貴」 梶原一騎の夢の残骸
・真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔
・マッキーの最新作! 「哀しき空手王」
・真樹先生の大山館長への思いを書いた「大山倍達との日々」 
【お勧め】
・真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1

大山倍達については、以下もご覧ください。
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
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真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔 真樹日佐夫著 を読む [真樹日佐夫]

この本は真樹先生の半生を綴ったもので、私は真樹先生の本の最高傑作だと思っています。
ありきたりの表現になってしまいますが、とにかく波乱万丈の「すてごろ人生」です。

すてごろ懺悔―あばよ、青春
私のようにまともな喧嘩をやったことがない者(そういう人がほとんどでしょうが...)にとって、真樹先生のように毎日のように喧嘩をやっている人が存在するということは新鮮な驚きでした。

この本は、映画「すてごろ 梶原三兄弟激動昭和史」にもなり、梶原一騎を奥田瑛二が真樹先生を哀川翔が演じていました。


さて、その本の内容ですが、以下のような凄いものです。
第一章 前門の虎、後門の狼(蒲田時代)
  兄の梶原一騎と弟の三人で蒲田駅の東口の東邦興業、西口の中山一家と喧嘩に明け暮れる。中山一家とは、弟と29人を相手に喧嘩をする。

第二章 ヤキの印旛か八街か(千葉八街時代)
  蒲田時代の放縦がたたり、八街中等少年院に入る。この少年院でリンチを受けた経験が梶原一騎の「明日のジョー」の描写に生かされた。退院するまで100回以上の喧嘩をこなし、すてごろ人生を支える原動力となった。

第三章 霧笛、恋唄、ドブ板通り(川崎・横浜・横須賀時代)
  中山一家と揉めたため、多摩川を渡る。地元の暴力団の組長の女と懇ろとなる。不良外人に海外に売られそうになった女を救う。軍属との女性関係のもつれで発砲されたり、股間をナイフで刺されたり危機一髪。

第四章 ジュクとブヤ ―― 昔日の街よ(新宿・渋谷時代)
  八街時代の友人を頼り、新宿に住む。渋谷で首藤組の羽根田(安藤組の花形敬)と揉めて、多摩川の河原ですてごろの戦いを行い引き分ける。その数日後、花形は殺される。

第五章 ビバ!! 東京オリンピック(大森・大井時代)
  行きつけのホステスを巡りボクシングライト級のホープと戦う。

第六章 女の広場の夜は更けて(新橋・銀座時代)
  トップ屋と劇画の原作の二足の草鞋を履く。

第七章 喧嘩空手よ、ゴッドハンドよ(大塚・池袋時代)
  梶原の紹介で大山倍達と会い、極真会館に入門する。大山茂の不興を買い、芦原英幸をけし掛けられる。ちょっとした事で山崎照朝、佐藤勝昭さらには大山倍達と一触即発となる。

第八章 陽はまた昇るか、修羅の街に(赤坂・六本木・西麻布時代)
  梶原と二人でプロレスラーのバディー・オースチンと戦い、勝利する。

この本の内容で、一番ネット上で話題になっているのは、第四章の花形敬とのすてごろ対決の話です。花形敬は、本田靖春原作のルポルタージュ『疵・花形敬とその時代』で有名になりましたが、渋谷を縄張りとしていた安藤昇が率いる安藤組の幹部で、「素手喧嘩(ステゴロ)」がトレードマークでした。
疵 [DVD]陣内孝則が花形役で「」という映画も作られました。この映画は、安藤昇が企画したものだそうです。

かつてシブヤに伝説の都会派ヤクザがいた。その名は花形敬。今でも「力道山も恐れた男」として伝説は生きている。戦いの場では、生涯一度も銃や刃物を持たず、常に素手で相手を叩きのめし、死神と恐れられた反面、無類の優しさも持ち合わせていた。

昭和30年代を鮮烈に駆け抜け、33才で逝った男を、陣内孝則が熱演。

さて、その花形との対決の経緯は以下のようなものです。花形相手に話をしに行くだけでも凄いと思います。(笑)

最初から大層機嫌が悪そうで、私とかなり席が離れていたが、不意にグラスの中身を隣に座るホステスへ浴びせた。それだけでは足りず、髪を掴むと濡れそぼった顔をおしぼりでごしごしやりだした。
店内は結構な賑わいのようであったのが、通夜の席のようにしんとしてしまっている。ホステスの悲鳴だけが断続的に尾を曳いた。
「ねえ、止めてあげて。仲良しなのよ!」
みどりが私の肩に縋り、揺さぶった。
私も羽根田のしつこさには腹を据えかねるものをおぼえていた。梶原を兄に戴く身でもあり、酒席での狼藉にはなれっこで寛容なつもりだったのが、羽根田のそれは陰湿に過ぎた。グラスを置いて腰を上げた。
「でも気をつけて。素直に言うことを聞くとは、とても――」
みどりの声に背に羽根田の席へと歩を進めた。相手は名うての喧嘩屋なのだ。覚悟しないわけにはいかなかった。
「無礼があったのだろうが、その辺で勘弁してやってもらえまいか」
前に立って頭を下げると、羽根田はおしぼりをテーブルへ抛ったが、髪を掴んだ手はそのままに、
「男が安っぽくぺこぺこすんなよ。おまえにゃ関係ないことだろうが」
と上目ごしに私を見て言った。瞬きしなかった。
(中略) 「それにしてもだな、はったりを噛ましてるんじゃねえってことは、その目を見ればなんとなくわかる。行きずりの女にそこまでしようてえ心意気に免じて聞き入れるてやらんでもないが、条件が一つ」
「条件?」
「日を改めて、女抜きでひと汗かく」
「ひと汗 ―― 腕尽しの勝負ということだね、つまり」
「勝っても負けても遺恨なし、それでどうだ」
「一対一の、すてごろならば」
「すてごろか。ふん、ぞくっとくるぜ。いい響きよなあ」
かくて二人は三日後、玉川二子橋下の河川敷で雌雄を決する運びとなったのである。

さて、いよいよ対決のシーンです。その頃、真樹先生は極真会館に入門する前ですので、柔道をベースとした戦いだったようです。

突然、羽根田の右がノーモーションで伸びてきた。モーションばかりか、これっぱかりの重心の移動もないままに。といって手打ちかと視るのは間違いで、その一撃に全体重が乗っていることは空を截り、唸りを生じる圧倒的迫力から容易に窺えた。俗にいうヒットマッスルや腰ではなしに魂で打っている、そう見て取れた。
絵に描いたようなこの先制の右フックを、魅入られた者のごとく私は顎に受けて背中から叢に叩きつけられたが、おつかつに股間へと飛ばした足の先に浅いながら反応があった。直後に抗し難い麻痺感覚が下肢にきた。立ち上がろうと歯を食い縛り、必死にもがいた。
それから先の攻防については詳述しかねる。というのは夢中だったか、あるいはフックのダメージで記憶を飛ばされながら本能だけで闘っていたものか、どうにも空白を埋められないからだ。我に返ると、羽根田は私の前から身を翻したところであり、
「この続きはいずれまた!」
橋とは反対の方向へ走り去る肩越しに、風に乗って声が流れた。
土手の上の道を乗用車が一台、後を追うかのように速度を上げつつ過ぎて行った。
『空手バカ一代』の終わりの方で梶原が私と羽根田とのこの喧嘩の場面を描き、関東一腕っ節の強いやくざと引き分けたとし、またそれが縁で懇意となったともしているが、それらは潤色であって概要は以上の通りだ。


これらの記載に関して、2chなどでは、「ウソだ!」、「疑わしい」、「作り話」 という疑義が数多く書きこまれています。花形との対決の話を聞いた時、私も最初は「いくら何でもそれはないだろう...」と疑問を持っていました。
しかし、先生の「絶対に勝てるケンカの手順」という本で以下のように書かれています。
真樹先生が「すてごろ懺悔」で詳しく書かれて、自伝映画「すてごろ」でもクライマックスシーンになった、伝説のケンカ師A組のHとの戦いについてお聞きしたいのですが。
真樹 映画や本では名前を変えてあるけど、もうみんな知っているからな。 Aさんもまだ元気だろ。AさんはHとの件で俺のことをニガニガしく思ってたかもな。
村上竜司の結婚式で俺のテーブルとAさんのテーブルはとなりあわせだった。竜司が、こっちから行ってAさんにあいさつして下さいって言うんだ。
竜司はAさんのところにしょっちゅう麻雀をやりに行ってて、それで色々と気を揉んでたんだろうな。
俺はしょうがねぇから立って、あいさつに行った。Aさんも、いや、お元気そうでって言ってくれたけど、それで竜司もひと安心ってとこかな。
先生とのケンカの後にHは殺された。まさにHの生涯最後の相手が真樹先生だったわけですね。
(真樹先生著 ケンカの手順 より)

もし花形との対決が全くのウソであれば、花形を非常に可愛がっており、彼の映画(「疵」)の企画者である安藤昇氏が黙っていたはずはないと思いますので、私は真樹先生の記述を信じています。ただ、対決内容に関しては、両書で記載が異なるので、「すてごろ懺悔」に書かれている方を信用したいと思います。

ちなみに私が極真空手の地方支部に通っていた頃、その道場にマス・オーヤマカラテスクールの渋谷道場にスクーリングに行った者がいました。その当時、スクーリングは真樹先生と山崎照朝氏が講師となって指導していました。
彼から「(理由は分かりませんが)バカヤローと言いながら太鼓のバチで頭を殴られた」、「奥さんにはとてもやさしい」などの真樹先生の話を聞いてワクワクしていました。実は私もそのスクールには入っていたものの、真樹先生が恐ろしくて、とても渋谷まで行くことなどできませんでした。(笑)

それから10年以上経った1990年前後のことだと記憶していますが、信濃町からバスで西麻布方面に向かっていました。青山墓地沿いの道が外苑西通りに入る交差点で赤信号でバスが止まりました。その時、真っ白な綿のパンツに赤と白のド派手なアロハシャツを着てサングラスをした長身の男が、大股で横断歩道を渡りました。そうです、一見して堅気の人ではないと分かる風情です。
私は、「派手は格好だな...」と思って興味を持って眺めていました。すると、それは紛れもない、真樹先生その人でした。(笑)
先生は、横断歩道を渡ってすぐのところにある、お世辞にもきれいとは言い難い小さなラーメン屋に入って行きました。私は、長年憧れていた真樹先生との邂逅に感動して、バスの中でしばし茫然としてしまいました。
それが、私が生で真樹先生を見た唯一の体験です。

ともあれ、この本は真樹先生の人生に触れたい人には超お勧めの一冊です!


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【お勧め】 ・真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
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真樹日佐夫の百花繚乱交遊録 絶対に勝てるケンカの手順―実戦対応最新版 (BUDO‐RA BOOKS) 史上最強の69 哀しき空手王 兄貴―梶原一騎の夢の残骸 (ちくま文庫) 格闘家は女々しい奴が9割 マス大山カラテスクールBOX(7冊セット) ワル最終章 1 (コアコミックス)


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マッキーの最新作! 「哀しき空手王」 真樹日佐夫著 を読む [真樹日佐夫]

真樹先生の最新刊です。

哀しき空手王








この本のAmazonでの内容紹介です。
日本空手界の総帥を殺したのは誰だ!?
動機は? 殺害方法は?
そして、驚くべき結末!
業界重鎮によるスーパーフィクション

空手の手練が十人同時に打ち掛かってもかなわない。
未だそれだけの実力を維持していた総帥の人中に、狙い澄ましたような一撃。
遺体は全身四十数カ所にもわたる複雑骨折。
犯人は誰か!? 交錯する人間関係
誰もまったく予想していなかった結末が待っていた――。

真樹先生が空手界の事を書いた本です。これは買うしかありませんでした。(笑)
極真会館の大山館長が亡くなってから16年になります。館長が亡くなった時は、ほとんど何も語らなかった(少なくとも私は読んだことがない)真樹先生が、なぜ今頃になって大山館長の死に関して本を書くのか?
それが私の大きな疑問でした。フィクションの形をとっているとは言え、いやフィクションの形をとっているからこそ、その中に大きな真実が述べられていると考えるべきです。

空手界のドンで今なお圧倒的な強さを誇る総帥天下一斉は、大山館長、主人公の芦川英光は、多分に真樹先生の影が見え隠れします。そして、芦川のライバルであり先輩でもある、世界大会優勝者であり総帥の死後、遺言で二代目館長を指名される大山忠(もちろん大山茂師範と中村忠師範からとった名前でしょう)は芦原英幸氏、総本部師範代の知花昌英は中村忠師範がモデルのように読めます。(あくまでも私の個人的な印象です)

天下一空手初の世界大会が成功裏に終わった後、天下総帥が行方不明になり、そして殺害されていることが分かりました。しかも全身複雑骨折...
警察の捜査で、天下総帥が暴力団の組長の愛人と関係があったことが分かってきました。私はこの辺りまで読んで、大山館長が亡くなった直後に空手界には関係のない情報通の人から聞いた、「大山館長は殺された」という噂話を思い出してしまいました。やはり、その話は本当だったのか? と読み進めて行きました。

最終的な結末をここで書くと、読まれる方の興味を削ぐことになりますので書きませんが、私の予想とは全く違うものでした。知りたい方は、ぜひ本書を読んでみてください。

中学時代から大山館長は私の憧れでした。強くて優しくて、清廉潔白! それが私の大山倍達像でした。
しかし、実際には遺言状の内容から韓国にも奥さんと3人の子供がおり、北海道にも愛人がいたようです。そして、なによりもショックだったのが、「北海道大会のときに、北海道の●●支部長から十六歳の女学生を紹介された大山館長は、売春容疑で警察に逮捕された。この事件は北海道の新聞には報道された。」という事を知った時でした。

30年くらい前、ある雑誌で長谷川きよし花柳幻舟の対談に大山館長がゲストとしてよばれ、「空手バカ一代」そのままの大山節を披露していました。対談後記として長谷川きよしが「言っていることが本当だったらすごい人だと思うけど...」と書かれており、長谷川きよしファンでしたが、「何を言っているんだ!本当に決まっているだろ!」とマジで怒ったものでした。
やはりきよしさんの方が本質を見る眼があったようです。スミマセン!

私はこの本を読んで、2日くらいず~っと「真樹先生はどうしてこの本を書いたのだろう???」を考え続けてしまいました。(^^)

◆明日につなげる今日のアクション◆
真樹先生を見習って毎日300回スクワットをする!


それ以外の真樹先生の本です。
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・真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔
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【お勧め】
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・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その2

大山倍達については、以下もご覧ください。
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
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・空手超バカ一代  石井和義著

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真樹日佐夫の百花繚乱交遊録絶対に勝てるケンカの手順―実戦対応最新版 (BUDO‐RA BOOKS)史上最強の69格闘家は女々しい奴が9割すてごろ懺悔―あばよ、青春兄貴―梶原一騎の夢の残骸 (ちくま文庫)マス大山カラテスクールBOX(7冊セット)哀しき空手王







真樹先生が高森真士のペンネームで書いた「血と骨」 柳川次郎との交流 を読む [真樹日佐夫]

この本は、真樹先生が高森真士の名前で書いた書き下ろしの短編集です。

血と骨



この中で一番最後に書かれている、「余生」という短編が面白いです。これは小説というよりもノンフィクションと言った方が正しいと思います。大山館長とその昔「殺しの柳川」との異名を取った柳川次郎氏、そして真樹先生と兄の梶原一騎先生の関係を描いたものです。

同郷のよしみか、昔から義兄弟の契りを結んでいた大山館長と柳川氏ですが、真樹先生が漫画の原作の内容に関するトラブルで大阪の暴力団から呼び出しを受けた時に助けてもらったのが縁で柳川氏と知り合いとなります。そして、それが縁で柳川氏と梶原先生も親交が深まったそうです。

その当時、大山館長、梶原先生、真樹先生は義兄弟の契りを交わしていましたから、先生と梶原先生も柳川氏と”回り兄弟”の関係にだったそうです。
この本で興味深かった内容を引用します。

極真会館の関西の方の支部長の一人が最近事ある毎に大山に楯突き、それが柳川の知るところとなった。柳川は激昂し、大山には内緒でその支部長に反省を促すと明言した、というのである。 
反省を促すと言えば聞こえはいかにもソフトだが、かつて柳川軍団が北陸一帯の制覇に乗り出した際に土地の暴力団組長を攫って海岸の砂に首まで埋め、すれすれに車を走らせたって話を知ってるか。ほかならぬ大山のためとあらば、足を洗ったからってそれに近いくらいのことはやってのけるかもしれんぜ」(梶原先生:引用者注)

大山に楯突く支部長がいるのは確かで、その男は私よりいくつか年下だが、入門は少し早く、国内にあってはすでに古株といえた。つい先頃、極真会館近くのホテルで開かれた全国支部長会議の席上でも大山の神経を逆撫でするような言動に及び、大山が手許の灰皿を掴んで投げようとし辛くも踏みとどまるという一幕があったばかりだ。ただ、この場合に限って言えば、大山に対する気持ちがどうのというより、ほかの支部長の前でいい格好をして見せたい、すなわち目立ちたがりの性格につい歯止めが利かなくなってのことと、私には感じられたことである。(中略)

その支部長とはそれほど親しいわけではなかったが、なんとしても未然に防ぎとめなくては、と祈りに似た思いのうちに自分に言い聞かせずにいられなかった。(中略)

この支部長が次に上京するのを待って事の顛末を語って聞かせたが、彼は柳川の名が出ただけで瘧にかかったように震えだし、そこは極真会館の地下の更衣室だったが、立ってはいられず床に座り込む始末。殊更反省を促すまでもないように思えた

これを読んだ時、私には該当する支部長は芦原英幸氏しか思い浮かびませんでした。しかし、暴力団など恐れもしない芦原氏の数々の武勇伝と上記の柳川の名前を聞いただけで床に座り込む支部長のイメージが全く異なることと、真樹先生の「その支部長とはそれほど親しいわけではなかったが」という表現から、おそらく違う支部長なんだろうな~っと思っていました。

しかし、小島一志氏の「芦原英幸伝 わが父、その魂」の中に以下の記述を見つけました。

●動物的直感が鋭い人でしたから、ヤバいと思ったらもの凄く臆病になるんです
「大胆にして細心」という言葉がありますが、父の場合は何事もそうなんです。信じられないくらい大胆なことをするくせに、やたら繊細だったり臆病だったりする。動物的直感が鋭い人だったのはたしかですね。(中略)
とにかく父は慎重というか臆病というか、動物的というか・・・・。自分で納得できないものにはもの凄く臆病でした。自然現象には特に敏感でしたね。台風がくるなんていったら大騒ぎですよ。(中略) 「マスミー、大事だよ!」って母を呼んで一人でビビってるんです。
雷といえば、船の帰りだったのか、車に乗って走り出したら突然の雷雨に襲われたことがありました。父は運転どころじゃなくて、車を停めてビクビクしているんです。

それによく父はいっていました。ヤクザ、ヤクザとはいうけれど、その辺の地回りは別にしてホンマもんのヤクザは怖いって。ヤクザは暴力を商売道具にして凌いでいる人たちですから、いざとなったら組織で動きます。 「デカい組織を相手にしたら命なんていくつあっても足りんよ。単なるケンカじゃすまなくなるけん。相手がヤクザだと舐めとったら痛い目に遭う
そういうことも父は自分の経験からよく理解していました。「だから組織を相手にケンカはしちゃいかん」とよくいっていました。でも、ここでは詳しくいえませんが、父が極真会館を離れてから、一時期そんな敵も相手にしなくてはならなくなったんです。

これを読んで、真樹先生の本の記述と整合が取れたような気がします。考えてみれば、当時の大山館長に楯突く支部長が、真樹先生はさておき芦原氏以外にいるわけないですよね。さしもの芦原氏も柳川氏に対しては、動物的な感で危険を察知したのでしょうね。

後期の梶原先生の本には、柳川次郎氏がよく登場していましたが、この本を読むと大山館長抜きで、梶原先生と柳川氏が親しく交流していたことが分かります。

興味のある方はご一読を!
【追記】芦原氏と柳川氏については、こちらもご覧下さい。
http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2013-12-27

◆明日につなげる今日のアクション◆
武道家の武勇伝は安易に信用しない


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渾身のシニア新・空手バカ一代 格闘者兇器真樹日佐夫の百花繚乱交遊録絶対に勝てるケンカの手順―実戦対応最新版 (BUDO‐RA BOOKS)哀しき空手王格闘家は女々しい奴が9割兄貴―梶原一騎の夢の残骸 (ちくま文庫)







真樹先生の大山館長への思いを書いた「大山倍達との日々」 真樹日佐夫著 を読む [真樹日佐夫]

20年前に書かれた真樹先生の名著です。

大山倍達との日々―GODHANDの光と影
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この本は、「現代カラテマガジン」に連載されていた真樹先生の「黒帯交友録」の大山倍達館長に関して書かれたものをまとめたものです。私はこの「黒帯交友録」を毎回楽しみにしていました。でもこの「黒帯交友録」に書かれていてこの本には掲載されなかった内容があります。その内容を書くつもりはありませんが、その内容を読んで、その昔マス・オーヤマ カラテスクールの広告に書いてあった、「ケンカ空手の後継者である真樹日佐夫師範」の意味がようやく分かったことは憶えています。

その当時は真樹日佐夫と言えば、マガジンに連載されていた「ワル」の原作者としてしか知らなかったため、「何故、真樹先生がスクールの師範なんだ?」とも疑問に思っていました。

さてその内容ですが、当時としてはかなり衝撃的な内容です。もともと兄である昭和の劇画王梶原一騎先生、大山館長と3人で義兄弟の関係を結んだほどですから、そのインサイダーな情報はかなりの衝撃です。特に第一章と第二章は思わず引き込まれてしまいます。

第一章 ホテル・グランドパレスの四人
この四人とは、大山館長、梶原一騎先生、真樹先生、大山茂師範です。
昭和54年に開催された第二回オープントーナメント全世界空手道選手権大会でのウィリーの反則劇の真相が書かれています。
「このままじゃ日本は勝てん。アメリカ勢に優勝を攫われる・・・」大山館長の苦悩の声が聞こえてきそうですが、三瓶-ウィリーの反則試合で私たち極真会館や大山館長を信奉していた人たちの気持ちはかなり醒めてしまったことは確かです。

第二章 料亭<千代新>にて
笹川良一氏が会長を務める全日本空手道連盟が極真会館を吸収合併すべく、何度も大山館長に話を持って来たそうです。
全空連「技術部長として貴君を遇する用意がある」
大山館長「大変光栄なお話ではありますが、辞退させていただきます。講道館と武徳会の二つがありました頃、日本柔道が一番レベルアップしたのと同じように、われわれ空手の世界に於いても、いくつかの流派が存続し競いあった方がプラスであろうと考えておりますもので・・・」
 
大山館長、カッコいいです。今でこそ、極真空手を始めとしたフルコンタクト空手はメジャーとなっていますが、「空手バカ一代」連載当時はまったく逆の状態でした。あのドンである笹川氏に堂々と自分の意見を言えるとは...。あの頃の大山館長には梶原先生、真樹先生ともに惚れ込んでいたのでしょうね。

そんな蜜月時代を過ごした真樹先生と大山館長が何故、離れてしまったのかも詳しく書かれています。赤字続きの月刊誌「現代カラテ」を大山館長に請われて引き取った真樹先生ですが、それが袂を分かつ原因の一つになったのは皮肉なことです。
真樹先生は、雑誌の存続を優先し私財を投じて刊行していましたが、その内容が真樹先生の宣伝色が強いと批判が出たことがゴタゴタの原因のようです。(当時購読していた私にとっては、とても面白い雑誌でしたが...。)
大山館長と真樹先生、梶原先生の3人での会合の様子です。

大山「あの手紙で真樹さんが考え直してくれれば、わざわざ私が口を出さなくてもすむと考えたからだ。親しい間柄なればこそ、こういう話は婉曲にいきたいと ――」
真樹「考え直せって、なにを?」
大山「独断で雑誌づくりをすることを、だ」
私(真樹)が編集そのものに携わっていたわけではなく編集人に一任していたのだが、予算と時間的制約かの関係で厭でも独走せざるを得ない状況にあることを、そこで私は情理を尽くして説明した。
大山「そんなに大変ならば、このへんで私に返還してはどうかね。」
真樹「そりゃ返さないではないけれどこんなかたちでの返還は、正直言って気がすすみませんね」
大山「というと?」
真樹「雑誌を出し続けることが大前提だと、そう肝に銘じて頑張ってきたんです。金の面でも一千万近くはつぎ込んだか・・・。義兄弟ということで引き受けたのだし、感謝してほしいなどと言うつもりはないにしても、あんな手紙を送りつけられて誤解されっ放しといのでは、いくらなんでも ――」
大山それは盗人にも三分の理というものだ
大山が嘯くように言いかぶせた。
一瞬、私は目が眩むのをおぼえた。白い火花が烈しく散る向こうに大山の顔を捉えつつ、

真樹「盗人呼ばわりはあんまりじゃないか!」
テーブルをどかそうとして起とうとした。
梶原が私の肩を素早く押さえた。強い力のうちにもなにかを語りかけている、そんな感じがした。


この会見は、気まずい空気のまま物別れになり、次の筑波山での合宿につながります。
この合宿の様子は「カラテマガジン」に写真つきで紹介されていましたので、私も知っていました。真樹先生、芦原英幸氏、東孝氏、添野義二氏などなどそうそうたる国内の支部長メンバーが大山館長のもと地獄の特訓をした、という紹介記事でした。
ところがこの合宿の目的は、その当時大山館長が気に食わないと思っていた芦原氏と真樹先生を懲らしめることであった、ということがこの本で明らかになっています。
延々3時間以上続く五本蹴りで、何人かの支部長が落伍する中、
「――ねぇ」
不意に左隣りの芦原が、動きを止めぬまま荒い息の下から私に呼びかけ、
「この稽古、俺かあんたのどっちかが倒れるまでは終わらないんだ。倒れちゃおうよ・・・」と小声で言った。

また、もと極真会館の評議員で糸山英太郎氏の盟友であった河合大介氏との会話では、真樹先生の大山館長に対する思いが述べられています。
河合「大山氏をどう思われます?」
真樹「どうって、それはまあ・・・」
河合「かつては非常に魅力的な人物であった――。違いますかな」
真樹「いや、同感だな」
私は深く頷いた。
(彼に初めて会った二十年の昔、並はずれたスケールの大きさにいたく魅了されたことは動かせない・・・) 自信とやさしさに充ちていた壮年の日の大山の姿が鮮明に脳裡に甦った。なぜか、胸を締めつけられるような寂寥感をおぼえずにはいられなかった。
真樹「人間は変容するということだろうか、月並みな言い方をするならば・・・」
私が言うと、今度は河合が深く頷き、
河合「まさしく」
と応じた表情がこよなく侘しげであった。

不遇時代を含めて大山館長と苦楽をともにした真樹先生だからこそ書けた本だと思います



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それ以外の真樹先生の本です。
・時代が梶原先生を求めている! 「兄貴」 梶原一騎の夢の残骸
・真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔
・マッキーの最新作! 「哀しき空手王」
・真樹先生の大山館長への思いを書いた「大山倍達との日々」 
【お勧め】
・真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1

大山倍達については、以下もご覧ください。
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
・日本の空手界を変えた名著! 「空手バカ一代」を読みなおす 
・ケンカ道 その”究極の秘技”を探る 篠原勝之著
・空手超バカ一代  石井和義著

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真樹日佐夫の百花繚乱交遊録  真樹日佐夫著 を読む [真樹日佐夫]

「真樹日佐夫の百花繚乱交遊録」は真樹日佐夫氏が氏の広い交遊関係から厳選した100名に関して書いた本です。

真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
真樹日佐夫氏は、みなさん御存じのように昭和の劇画王梶原一騎氏の実弟で、真樹氏自身も作家、空手家として有名です。梶原一騎氏存命の一時期、大山倍達氏、梶原一騎氏、真樹氏の3人で義兄弟の契りを交わしていた時期もありました。また、空手に関しても極真会館の本部師範代をしていたこともあり、現在は世界空手道連盟真樹道場の宗師であります。

真樹先生のHPはこちら ⇒ http://www.arts-ma.com/maki.html

HPの中にTシャツ販売というのがありますが、その絵柄がスゴイ!
⇒ http://www.arts-ma.com/makiimeg/06-5.jpg
(在りし日の梶原一騎氏と真樹先生の写真)

さてこの本は、真樹先生の広い交友関係の一部を紹介したもので、映画監督の三池崇史氏から始まって最後の梶原一騎氏まで100人分が描かれています。その内容も、空手関係、映画関係、プロレス関係、芸能関係などなど幅広く、有名な裏社会の人がいるかと思えば、元警視総監まで名前を連ねています。この交友関係の広さには驚くしかありません。

その中で私が紹介したいのが、次の二人です。
●其の七十二 浅草キッド
 この二人の梶原一騎氏への傾倒ぶりは、氏の未完の遺作である『男の星座』から名前を取り、『お笑い 男の星座』という本を出していることでも分かります。その中で、
梶原漫画の一群が、俺たちの情操教育に、どれほど影響をしたかは計り知れない。そして、梶原一騎の人生ほど、波乱に富み、激烈で、昭和の匂いが漂うものはない。これは誰かが語り継ぐべきものである。
として、この未完の遺作を真樹先生に書いて欲しい、と事あるごとにお願いしてようやくOKが出たというのです。私も『男の星座』のファンであり、これを書き継ぐ人は真樹先生しかいないだろう、と思っていたので大歓迎です。いつになるか分かりませんが、心待ちにしたいと思います。

●其の八十四 苫米地英人 脳学者
なんと苫米地先生も真樹先生と交遊があったとは! どこで知り合ったのかと思ったら、真樹先生が行き付けの六本木のSMパブで顔見知りになったとのことです。(笑) 苫米地先生の本には、「煩悩にとらわれるな!」、「煩悩を克服しろ」と書いてあり、これも水道橋博士に「言っていることとやっていることが矛盾している!」と突っ込みを入れられそうですが、苫米地先生の本はそのような事実を知りながら楽しんで読むべきものなのです。(^^)

苫米地先生が真樹先生と話をするようになるきっかけは、苫米地先生が前田日明氏と組んで喧嘩自慢を集めた「アウトサイダー」を企画しようとしたので、この世界の重鎮である真樹先生にお伺いを立てたということのようです。なんで苫米地先生が、前田日明氏と? と思いますが、苫米地先生はアメリカに居た頃、ミリタリースクールでレスリングで奨学金をもらっていたほどの腕前だったようですから、意外でもないかも知れません。
ちなみに苫米地先生は、「脳機能学者」と言われていますが、これはTVディレクターが「機能脳科学者」が言いにくいので「脳機能学者」でいいですか? と言われてそれ以来その名称を使用しているそうです。

みなさん、ぜひご一読を!

それ以外の真樹先生の本です。
・時代が梶原先生を求めている! 「兄貴」 梶原一騎の夢の残骸
・真樹先生のすてごろ人生! すてごろ懺悔
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・真樹先生の大山館長への思いを書いた「大山倍達との日々」 
【お勧め】
・真樹日佐夫の百花繚乱交遊録
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1

大山倍達については、以下もご覧ください。
・ケンカ十段! 芦原英幸正伝 小島一志著 を読む その1
・極真会館はなぜ分裂したのか? 大山倍達の遺言 小島一志、塚本佳子著 を読む
・笹川良一氏と大山館長の生き方について 悪名の棺 笹川良一伝
・日本の空手界を変えた名著! 「空手バカ一代」を読みなおす 
・ケンカ道 その”究極の秘技”を探る 篠原勝之著
・空手超バカ一代  石井和義著




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