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乾山と言えば色絵陶器です! 「国際写真情報 」 を見る。 [尾形乾山]

いわゆる「佐野乾山」事件から50年が経ちました。当時の関係者のほとんどが亡くなられており、この事件が風化してしまうことを懸念しています。
佐野乾山の経緯に関しては、以前このブログで書きました。
http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2010-12-25

当時、マスコミだけでなく国会でも議論された「佐野乾山」ですが、Webも無い時代ですので実物を見たことのある人はほとんどいない状態で、議論されていたようです。そして、贋作派の主張は、「色が多くてそうぞうしい」、「形が悪い」、「絵が真正乾山と違う」というようなものです。
しかし、もともと乾山の作品は、器の成形は弟子に任せたり、絵は兄の尾形光琳に描かせたものがほとんどで、乾山が描いた絵の陶器の作品は特定されていないそうです。しかも、京都の鳴滝時代から25年後に江戸、そして佐野に行くことになりますが、江戸での作品も明確になっていないとのことです。つまり、鳴滝で造った名品から25年後の佐野乾山までの間を埋める作品が分かっていないのです。

富本憲吉氏とともに六世乾山に師事し、七世乾山の皆伝目録を受けたバーナード・リーチ氏は、森川氏が所有していた佐野乾山を見て、「一目見て本物と思うばかりでなく、私が今まで見たなかでもっともすばらしい乾山の焼物です。」と絶賛しています。
私は、最初にこのコメントを読んだ時、「いくらなんでも言い過ぎ。光琳の絵付けした鳴滝時代の作品より良いなんてことはないだろう!」と思いました。そして、当時の作品の写真(ほとんどが白黒)を見ても、その意見は変わりませんでした。しかし、ここで紹介する「国際写真情報」に掲載されている写真を見て、その色絵の美しさに驚きました。やはり佐野乾山の色絵はカラ―で見なければその素晴らしさが分からないのだということを実感しました。
みなさんにもぜひ見て頂きたいと思います。

佐野乾山を見た感想です。
<バーナード・リーチ氏>
これは、素晴らしい! とても現代人にこれだけのものを作ることはできない。わたしはいま、ロンドンで日本が誇る作陶家:ケンザンの図録を編集中だが、この「佐野乾山」を見て、断乎、図録を改めなければならないだろう。ニセモノ説があると聞いて驚いている。滞日予定をのばして乾山研究がしたくなった。

<岡本太郎氏>
2つ3つと見るにつれ、なかなかイイジャナイカ。色が鮮やかなハーモニイで浮かび上がっている。筆捌きも見事だ。(中略)気取りやポーズ、とかくやきものに見られる枯れた渋み、いわゆる日本調みたいなものが無い。(中略)たとえニセモノだって、これだけ豊かなファンテジーの盛り上がりがあれば、本ものよりさらに本ものだ

「国際写真情報」1962年8月号 の記事を紹介します。著作権は切れていますので全文引用します。
(著作権の保護期間は、旧法:公表後33年、現行法でも公表後50年)
kokusaisyashin01.JPG
第二の永仁の壺事件か、世紀の大発見かと美術界の話題をさらってしまった問題の”佐野乾山”はその後どうなったのか。美術ファンならずとも大いに興味をひく事件だけに、当編集部あてには、ひんぱんに問合せがよせられる始末。そこで、本誌では特に所蔵者森川勇氏から、その主な作品を誌上に公開してもらうこちにした。言うまでもなく、その真偽を云々するものではない。あくまでも、読者諸氏とともに”問題の乾山”を目の前に眺めようというだけである。誤解のなきよう、ここに断る。




乾山は発見されつくしたハズ・・・ たきつけたリーチのホンモノ説
さて、問題は今度新たに発見された点数が実に二百数十点(うち森川氏が百二十数点)という莫大な数である。尾形乾山の作品はすでに”発見されつくした”というのがこれまでのが学界での通説であったし、それに二百数十点というのは、これまで流通している乾山を上まわる数字であることから、この発見ニュースはスタートから”奇蹟”だったわけだ。

kokusaisyashin02.JPG
ホンモノ、ニセモノ説に、更に輪をかけたのがバーナード・リーチの”ホンモノ”説であった。今年の新年早々に噂を耳にして森川氏をたずねたリーチは”ビックリ仰天”して、これまで二十年来続けていた研究をすて去り”新発見の乾山作品図録”にとりかかっている。ニセモノ説側にいわせると”いかに陶芸の大家であろうと、外国人に日本の古陶が一目で見分けられるものか”と一笑にふしているものの、リーチのこの発言と行動が、大きな波紋を作りだしたことは事実である。

ながれた新旧乾山の 並列展覧会 ホンモノとなれば大きな社会問題
こうした古美術の真偽鑑定のむつかしさは月旅行もやがて可能だという二十世紀の今日であっても、容易に解決できるものではない。
. ホンモノ、ニセモノ論争は日増しにつのる中で、読売新聞社の主催企画によって、新発見の乾山とニセモノ説を主張する日本陶磁協会側所有の乾山を同時陳列して公開し、いずれがホンモノかを一般に鑑定させようということになった。そして会場も白木屋デパートに決定したが、日本陶磁協会の側が、これに応じなくなり、この興味ある展覧会は流れてしまったのである。


kokusaisyashin03.JPG
これで両者の対決は実現しなかったが、真か偽の論争はその後もはげしくくすぶり続けようやく、国会でも文教委員会で特別小委員会が作られ、乾山問題についての、正しい研究が行われるように配慮されるまでに至った。 しかし、この委員会とて真偽の判定は無理なことだが、問題の乾山が正しく研究されるような気運になりつつあることは好ましいことである。森川氏らの新乾山が、もしホンモノとなると、これは大きな社会問題である。ということは、尾形乾山作は二百数十点しかないのに、倍の四百数十点になる。あくまでも二百数十点しかない乾山としたら、これまでの二百数十点はニセモノということになりかねないからだ。(どういう論理だ?:引用者注)しかも乾山はいずれも一点百万円が相場である。こうしてみると、興味の尽きない乾山騒動だが、それだけに慎重に、公平に、あくまで純粋に見守るべきである。


落合先生の佐野乾山関連の情報も
・乾隆帝の秘宝と『奉天古陶磁図経』の研究 落合莞爾著 を読む

【佐野乾山に関しては、K's HomePageを参考にしています。(http://kaysan.net/sano/sanokenzan.htm)】

"Sano Kenzan Scandal ”

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このブログの目次です。
http://simple-art-book.blog.so-net.ne.jp/2010-04-17-1
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yahantei

乾山に関すること目から鱗が落ちるという感じです。
嘗て二・三メモしたものもあるのですが、関連したところで、同じサイトのようですので、別な折りに、この欄などを使わしていただきます。今回は、上記の紹介記事の、末尾に掲載されている「黒地白梅流水八寸皿」(『新発見「佐野乾山」展(「芸術新潮」主催)について、何か情報がありましたら、ご教示をお願いします。
この八寸皿に「ちるはなをいとめてみたし水のうえ」の俳句の賛があります。「乾山筆・乾山発句」だと思うのですが、この「水のうえ」の「え」が気になるのです。
この当時、乾山は、「へ」ではなく「え」を使用していたのかどうか? どうにも気になっていたことの一つなのです。
何かありましたら、よろしくお願いいたします。

by yahantei (2018-05-21 12:13) 

yahantei

前回のコメントに続き失礼します。前回の「え」と「へ」の仮名遣いについては、「新佐野乾山」肯定派であった野間光辰先達の『西鶴新新攷』の中で、当時の「発句」ものに「え」があることを知りました。当方は、「新佐野乾山真贋」そのものには関心がなく、「晩年の乾山」ということが関心事で、同じサイト・同じ背景・同じ関心事などということで、simpleさんの、「乾山カラーもの」(新佐野乾山)などのの取り込みなどのお許しをいただきたくよろしくお願いいたします。
これは、全く個人的なお願いで、「商用」とか「著作権」とかと別ということでお願いします。
by yahantei (2018-05-23 17:20) 

Simple

yahantei さん、

私には著作権はありませんので、私のサイトからの使用は止めて下さい。
私が公開している分は、私の個人責任で著作権者と話をしますので。
by Simple (2018-05-25 22:28) 

yahantei

了解しました(お手数をかけました)。
by yahantei (2018-05-26 08:54) 

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